民法が約120年ぶりに改正され、改正法が2020年(令和2年)4月1日から施行(一部の規定は未施行)されています。
これに伴い、企業がビジネス実務上の影響を受ける点がいくつかあります。改正点についての正確な知識がなければ、不利益を受ける危険性もあります。
そこで本連載では、ビジネスパーソンが押さえておかなければならない、ビジネス実務に影響を与える主な民法改正点について30回にわたり解説していきます。
今回、2回に分けて取り上げるテーマは「定型約款」です。
平成29年に成立した改正民法(以下「新民法」という。)は、新たに「定型約款」に関する規定を設けました。
目次
1. 定型約款に関する規定の実務上の必要性
定型約款は、「普通取引約款」ともいい、これは、特定種類の大量同型の取引を迅速に処理するために、あらかじめ定型化された契約条項で、相手方当事者の作成した契約条項をいいます。
現代の社会では,不特定多数の顧客を相手方として取引を行う事業者などがあらかじめ詳細な契約条項を「約款」として定めておき,この約款に基づいて契約を締結することが少なくありません。
例えば、水道・電気・ガス等の供給契約における供給約款、電車・バス・航空機等の運送契約における運送約款、携帯電話の契約における電話サービス契約約款、銀行等の預金契約における預金約款、保険会社の保険契約における保険約款といったように、多様な取引において約款が広範に利用されています。
このように、現代社会においては、大量の取引を迅速に行うため、詳細で画一的な取引条件等を定めた約款を用いることが必要不可欠であるといえますが、改正前の民法(以下「旧民法」という。)には約款を用いた取引に関する基本的なルールが何も定められていませんでした。
そうなると、解釈によって対応せざるを得ませんが、民法改正前においては、確立した解釈も存在しないため、法的に不安定となっていました。
また、民法の原則によれば、契約の当事者は、契約の内容を認識しなければ契約に拘束されませんが、約款を用いた取引をする多くの顧客は、約款に記載された個別の条項を認識していないのが通常であり、どのような場合に個別の条項が契約内容となるのかが不明確となっていました。
そして、約款について変更の必要性が生じた場合、民法の原則によれば、契約の内容を事後的に変更するには、個別に相手方の承諾を得ることが必要になりますが、多数の顧客と個別に変更についての合意をすることは困難であり、そのような場合にどう処理すべきかが問題となります。
さらに、実務上、約款中に「この約款は当社の都合で変更することがあります。」との条項を設ける場合がありますが、その有効性については見解が分かれているところでもありました。
そこで、新民法は、このような実情(実務上の必要性)を踏まえて、新たに「定型約款」に関するルールを定めたのです。
具体的には、新たなルールとして、以下の事項について規定しました。
(1)定型約款についての定義づけ
(2)定型約款が契約の内容となるための要件
① 定型約款の合意
② 定型約款の内容の表示
(3)契約の内容とすることが不適当な内容
2. 定型約款とは
「約款」という用語は、現在も企業の契約実務や学界において広く用いられています。
もっとも、その意味についての理解は千差万別であり、約款に関する規定を新設するに当たり、改正の趣旨を踏まえた定義づけ等が必要となります。
大量の取引が行われるケースにおいて取引の安定等を図る観点から新たなルールを設けるのは、約款によって画一的な取引をすることが事業者側・顧客側双方にとって合理的である、と客観的に評価することができる場合に限定する必要があります。
このような観点から、新民法は、定型約款について、次のように定義づけをしました。
定型約款とは、定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部または一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。)において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう。(新民法548条の2第1項)。
1. 定型約款に関する規定の実務上の必要性で述べた水道・電気・ガス等の供給契約における供給約款、電車・バス・航空機等の運送契約における運送約款、携帯電話の契約における電話サービス契約約款、銀行等の預金契約における預金約款、保険会社の保険契約における保険約款は、まさにこの定型約款に該当します。
他方、一般的な事業者間取引で用いられる一方当事者の準備した契約書のひな型、労働契約のひな形等は、定型約款には該当しません。
(2020民法大改正|ビジネス実務への影響⑥ 定型約款その2へ続きます)
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