民法が約120年ぶりに改正され、改正法が2020年(令和2年)4月1日から施行(一部の規定は未施行)されています。
これに伴い、企業がビジネス実務上の影響を受ける点がいくつかあります。改正点についての正確な知識がなければ、不利益を受ける危険性もあります。
そこで本連載では、ビジネスパーソンが押さえておかなければならない、ビジネス実務に影響を与える主な民法改正点について30回にわたり解説していきます。
第4回のテーマは、債権譲渡です。
1. 債権譲渡とは
債権譲渡とは、例えば、AがBに対して有する100万円の貸金債権をCに譲渡すると、その貸金債権は、そのままCのBに対する貸金債権となりますが、このように、債権をその同一性を変えないで移転する契約をいいます。債権譲渡は、譲渡人(旧債権者)と譲受人(新債権者)との契約により行われます。
2. 債権譲渡の目的
債権譲渡は、ビジネス実務上、様々な目的で行われています。
(1)弁済期前における金銭の入手目的
例えば、来月末にならないと支払われない金銭債権を、今日現金化するために、100万円の債権を95万円で譲渡するというように、債権譲渡は、その債権の弁済期前に売却して金銭を入手するために行われることがあります。
(2)代物弁済の手段
例えば、CがAに対して150万円の債権を有していて、AにはBに対する100万円の債権以外にめぼしい財産がない場合に、Aがこの100万円の債権をもって150万円の債権に対する代物弁済としてCに譲渡するというように、手元に資金がないときの代物弁済の手段として行われることがあります。
(3)金融を得る担保の目的
例えば、AがCから50万円の借金をしたいと思ったときに、AのBに対する100万円の債権を担保に入れることがありますが、その担保の方法として、このBに対する100万円の債権をCに譲渡するというように、金融を得る担保のために行われることがあります。
(4)債権の取立ての目的
例えば、AがBに対する100万円の債権の取立てを自らするのを回避するため、債権回収業者であるCに取立て目的でその債権を譲渡することがあります。
債権の回収すなわち取立ては、債務者がすんなりと弁済に応じてくれないと大変面倒なことになりますので、債権回収業者にその取立てを依頼するのです。
この場合、AがCに対して取立ての代理権を授与するだけでもよいのですが、訴訟になったとき等を考慮すると、譲受人自身の名で取り立てるほうが便利なので、譲渡してCを新たな債権者にするのです。
ただし、この場合は、前記(1)から(3)の場合と異なって、AからCへ譲渡されても、CからAに譲渡の対価が支払われないのが通例です。Cは、Bから取り立てた金銭をAに引き渡し、AからCにその事務処理の報酬や費用が支払われます。
このように、債権譲渡は、現在のビジネスにおいて、きわめて重要な役割を果たすものとなっています。
3. 債権譲渡の改正点
それでは、債権譲渡についてどのような改正が行われたかを見ていきましょう。
(1)譲渡制限特約
① 改正前の民法の内容
改正前の民法(以下「旧民法」という。)は、「債権は、譲り渡すことができる。」(旧民法466条1項本文)としたうえで、当事者間(債権者と債務者)の合意により譲渡制限(禁止)特約を付すことができるとしています(旧民法466条2項本文)。
そして、譲渡制限(禁止)特約があるにもかかわらず、債務者の承諾なく債権が譲渡された場合において、譲受人が特約の存在について悪意または重過失であるときは、その債権譲渡は無効とされました(判例)。他方で、債務者は、譲渡制限(禁止)特約を善意・無重過失の譲受人には主張することができないとされました(旧民法466条2項ただし書、判例)。
② 新民法の内容
ア 新民法は、「当事者が債権の譲渡を禁止し、または制限する旨の意思表示(以下「譲渡制限の意思表示」という。)をしたときであっても、債権の譲渡は、その効力を妨げられない。」(新民法466条2項)と規定し、譲渡制限特約に違反して債権が譲渡された場合でも、譲渡は有効とされました。
近時、債権譲渡による資金調達が、特に中小企業の資金調達手法として活用されることが期待されているところ、旧民法および判例の譲渡制限特約違反の債権譲渡を無効とする処理が資金調達を行う際の支障になっていました。
また、譲渡制限特約が付された場合に、債権者が債権譲渡に必要な債務者の承諾を得られないことが少なくないため、債権譲渡が無効となる可能性が払拭しきれないことから、譲渡に当たって債権の価値が低額化する傾向がありました。
そこで、新民法は、債権譲渡による資金調達を得やすくするために、上記の改正を行ったのです。
イ 新民法の下では、譲渡制限特約に違反して債権が譲渡された場合でも、譲渡は有効であることから、その債権は譲受人に帰属することになり、譲受人が新たな債権者となります。
もっとも、譲渡制限特約を結ぶ債務者の利益(債権者の変更に伴う事務負担の回避、過誤払いの危険の回避等)を保護するため、「譲渡制限の意思表示がされたことを知り、または重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対しては、債務者は、その債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもってその第三者に対抗することができる。」(新民法466条3項)と規定して、譲渡制限特約の存在につき悪意または重過失の譲受人その他の第三者に対しては、債務者は、その債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもってその第三者に対抗することができるとしました。
ただし、債務者が債務を履行しない場合において、第三者が相当の期間を定めて譲渡人への履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、その債務者は、第三者が悪意または重過失であったとしても、債務の履行を拒むことができず、また、譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもってその第三者に対抗することができません(新民法466条4項)。
ウ なお、譲受人が特約の存在につき悪意または重過失であるかどうか判断がつかない債務者を保護するため、債務者は、譲渡制限特約が付された金銭債権が譲渡されたときは、その債権の全額に相当する金銭を債務の履行地(債務の履行地が債権者の現在の住所により定まる場合にあっては、譲渡人の現在の住所を含む。)の供託所に供託することができます(新民法466条の2第1項)。
この供託をした債務者は、遅滞なく、譲渡人および譲受人に供託の通知をしなければならず、供託をした金銭は、譲受人に限り、還付を請求することができます(新民法466条の2第2項・3項)。
エ 譲渡制限特約が付された金銭債権が譲渡された場合において、譲渡人について破産手続開始の決定があったときは、譲受人(債権の全額を譲り受けた者であって、その債権の譲渡を債務者その他の第三者に対抗することができるものに限る。)は、譲渡制限特約の存在につき悪意または重過失であっても、債務者にその債権の全額に相当する金銭を債務の履行地の供託所に供託させることができます(新民法
466条の3前段)。
この場合においても、供託をした債務者は、遅滞なく、譲渡人および譲受人に供託の通知をしなければならず、供託をした金銭は、譲受人に限り、還付を請求することができます(新民法466条の3後段)。
オ 譲渡制限特約と差押え
譲渡制限特約付債権に対して強制執行をした差押債権者に対しては、原則として、債務者は、特約の効力を主張することができません(新民法466条の4第1項))。私人間の合意により差押禁止財産を創出することは認めるべきではないからです。
ただし、譲受人その他の第三者が譲渡制限特約の存在につき悪意または重過失の場合において、その債権者が当該債権に対する強制執行をしたときは、債務者は、その債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもって差押債権者に対抗することができます(新民法466条の4第2項)。
これは、差押債権者に、執行債務者である譲受人が有する権利以上の権利が認められるべきではないとの理由によるものです。
カ 預貯金債権にかかる譲渡制限特約の効力
預貯金債権(預金口座または貯金口座にかかる預金または貯金にかかる債権)について当事者がした譲渡制限特約は、その譲渡制限特約の存在につき悪意または重過失の譲受人その他の第三者に対抗することができます(新民法466条の5第1項)。
すなわち、預貯金債権の譲渡を認めないとする特約の場合には、債務者は、悪意または重過失の譲受人等に対し、譲渡の無効(預貯金債権が口座名義人(譲渡人)に帰属していること)を主張することができます。
預貯金債権の場合にも悪意または重過失の譲受人に対する譲渡を有効とすると、預貯金債権は譲受人に帰属することとなり、銀行等の金融機関の事務処理が煩雑となり、迅速な払戻しに支障が生ずるほか、譲渡後に口座に入金された場合の取扱いや、預貯金債権が差し押えられた場合の対応など様々な不都合が生ずることから、このような特則が設けられました。
(2)債権譲渡における債務者の抗弁
① 旧民法の内容
旧民法は、「債務者が異議をとどめないで前条の承諾をしたときは、譲渡人に対抗することができた事由があっても、これをもって譲受人に対抗することができない。」(旧民法468条1項前段)と規定し、債務者が「異議をとどめない承諾」をした場合の「抗弁の切断」に関する規定が設けられていました。
この規定によれば、例えば、AがBに対して商品を売却し、弁済期の到来した100万円の売掛代金債権を有しているが、BもまだAから商品の引渡しを受けていないという場合において、AからCに対する100万円の売掛代金債権の譲渡についてBが異議をとどめないで承諾をしたときは、Bは、Aに対する同時履行の抗弁権をもってCに対抗することができず、Bは、Aから商品の引渡しを受けていなくても、Cからの弁済請求を拒むことができないことになります。
この「異議をとどめない承諾」は、異議がない旨を積極的に明示する必要はなく、単に債権譲渡の事実を認識した旨を述べるだけでよいと考えられていました。
そのため、単に債権譲渡の事実を認識した旨を述べただけで、抗弁の切断という債務者にとって予期しない効果が生じるのは、債務者に酷ではないかとの批判がありました。
② 新民法の内容
上記のような批判を踏まえて、新民法は、旧民法の異議をとどめない承諾による抗弁切断に関する規定を削除し、次のような規定を設けました。
債務者は、対抗要件具備時までに譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができる。(新民法468条1項)。
これにより、債務者は、「抗弁放棄の意思表示をしない限り」、譲渡人に対する抗弁事由(債権不成立、無効、取消し、解除、弁済その他の事由により債権の全部または一部が消滅したこと、同時履行の抗弁権、相殺適状にある反対債権を有していることなど)をもって譲受人に対抗することができることとなりました。
なお、債権譲渡については、上記の改正のほか、「債権譲渡と相殺」に関する新たな規定も設けられていますが、これについては、次回以降で解説いたします。
連載「2020民法大改正|ビジネス実務への影響」第3回の今回は、債権譲渡について解説しました。
次回は「定型約款」について解説します。
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