民法が約120年ぶりに改正され、改正法が2020年(令和2年)4月1日から施行(一部の規定は未施行)されています。
これに伴い、企業がビジネス実務上の影響を受ける点がいくつかあります。改正点についての正確な知識がなければ、不利益を受ける危険性もあります。
そこで本連載では、ビジネスパーソンが押さえておかなければならない、ビジネス実務に影響を与える主な民法改正点について30回にわたり解説していきます。
第3回のテーマは、保証です。
保証については、個人根保証のルールの適用対象の拡大、事業にかかる債務についての保証契約の特則の新設(公証人による意思確認手続等の新設)のほか、多くの改正があります。
いずれも、すべてのビジネスパーソンが知っておかなければならない重要な改正点です。
目次
1. 保証とは
保証人は、主たる債務者がその債務を履行しないときに、その履行をする責任を負います。すなわち、保証とは、主たる債務者が債務の履行をしない場合に、これに代わって履行をすべき義務のことをいいます。
保証には、契約時に特定している債務を保証する通常の保証(例えば、住宅ローンの保証)のほかに、将来発生する不特定の債務を保証する根保証(例えば、継続的な事業用融資の保証)という制度がありますが、この根保証について、次項で述べるとおり、改正がありました。
2. 個人根保証のルールの適用対象の拡大
改正前の民法(以下「旧民法」という。)の下では、主たる債務に貸金等債務が含まれていない根保証(例えば、賃貸借や継続売買取引の根保証)については、極度額の定めが要求されず(極度額を定めなくても保証契約は有効)、元本確定期日(保証期間)に制限がなく、また、元本確定事由(主たる債務者の死亡等の特別事情による保証の終了)について特に規定がありませんでした。
しかし、貸金等債務以外の根保証についても、個人根保証人が想定外の多額の保証債務の履行や、想定していなかった主たる債務者の相続人の保証債務の履行を求められる事例は少なくありません。
例えば、借家が賃借人の落ち度で焼失し、その損害額が保証人に請求されるケースや、賃借人の相続人が賃料の支払等をしないケースなどにおいて、個人保証人が想定外の多額の保証債務等を求められることがありました。
また、旧民法の個人根保証のルールをすべての契約に拡大すると、例えば、賃貸借契約について、最長でも5年で保証人が存在しなくなるといった事態が生ずるおそれがあることも指摘されていました。
そこで、改正後の民法(以下「新民法」という。)は、すべての個人根保証契約に極度額の定めを義務付けることとしました。
すなわち、主たる債務に貸金等債務が含まれていない個人根保証契約の場合でも、極度額を定めなければ、その効力を生じないものとしました。
また、特別事情(主たる債務者の死亡や、保証人の破産・死亡等)がある場合の根保証の終了については、すべての根保証契約に適用することとしました。
ただし、主たる債務者の破産等があっても、賃貸借等の根保証が終了しない点は、新民法の下でも変わらず、また、保証期間の制限についても、引続き賃貸借等の根保証には適用しないこととされました。
3. 事業にかかる債務についての保証契約の特則(公証人による意思確認手続等)
保証制度は、特に中小企業向けの融資において、主たる債務者の信用の補完や、経営の規律付けの観点から重要な役割を有していますが、他方、個人的な人情や義理等から保証人となった者が、想定外の多額の保証債務の履行を求められ、生活の破綻に追い込まれる事例が後を絶ちません。
そこで、新民法は、事業にかかる債務についての保証契約に関して次のような規定を新設しました。
(1)
事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約または主たる債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約(保証人になろうとする者が法人である場合を除く。)は、その契約の締結に先立ち、その締結の日前1ヶ月以内に作成された公正証書で保証人になろうとする者が保証債務を履行する意思を表示していなければ、その効力を生じません。
前述しましたように、従来、主たる債務が多額になる傾向が強い事業性の借入れの場合、保証人が予想外に多額の保証債務を負わされて、その生活が破綻することが少なくありませんでした。
そこで、新民法は、保証人になろうとする者に対して慎重に確認する機会を与えてその保護を図るため、前記のような規定を設けたのです。
ただし、上記の規定は、主たる債務者が法人である場合の経営者(法人の理事、取締役、執行役またはこれらに準ずる者)・オーナー(主たる債務者の総株主の議決権の過半数を有する者等)や、個人事業者である主たる債務者の共同事業者・事業従事配偶者等が保証人になろうとする保証契約については、適用されません。
これらの者は、主たる債務者の経営状態を認識しており、保証によるリスクを把握できる立場にあるからです。
なお、「事業」とは、一定の目的をもってされる同種の行為の反復継続的遂行をいい、「事業のために負担した貸金等債務」とは、借主が借り入れた金銭等を自らの事業に用いるために負担した貸金等債務を意味します。
例えば、製造業を営む株式会社が製造用の工場を建設したり、原材料を購入したりするための資金を借り入れることにより負担した貸金債務が「事業のために負担した貸金等債務」の典型例です。
このほか、いわゆるアパート・ローンなども「事業のために負担した貸金等債務」に該当するものと考えられます。
他方で、貸与型の奨学金については「事業のために負担した貸金等債務」に該当しないと考えられます。
(2)
公証人は、保証人になろうとする者が保証しようとしている主債務の具体的内容を認識していることや、保証契約を締結すれば保証人は保証債務を負担し、主たる債務が履行されなければ自らが保証債務を履行しなければならなくなることを理解しているかなどを検証し、 保証契約のリスクを十分に理解したうえで、保証人になろうとする者が相当の考慮をして保証契約を締結しようとしているか否かを見極めることになります。
また、公証人は、保証意思を確認する際には、保証人が主たる債務者の財産状況について情報提供義務(次項参照)に基づいてどのような情報の提供を受けたかも確認し、保証人がその情報も踏まえてリスクを十分に認識しているかを見極めます。
保証人の保証意思を確認することができない場合には、公証人は、無効な法律行為等については証書を作成することができないとする公証人法26条に基づき、公正証書の作成を拒絶しなければなりません。
(3) 事業にかかる債務についての保証人になるに当たって、主たる債務者の財産状況等(保証のリスク)を十分に把握していない事例が少なくありません。
ところが、旧民法の下では、主たる債務者は、自らの財産状況等を保証人に説明する義務を負っておらず、また、債権者も、主たる債務者の財産状況等を保証人に伝える義務を負っていません。
そこで、新民法は、事業にかかる債務についての保証人となろうとする者の保護を図るため、次のような「保証契約締結時の情報提供義務」に関する規定を新設しました。
① 主たる債務者は、事業のために負担する債務を主たる債務とする保証または主たる債務の範囲に事業のために負担する債務が含まれる根保証の委託をするときは、委託を受ける者(法人を除く。)に対し、次に掲げる事項に関する情報を提供しなければなりません。
ア 財産および収支の状況
イ 主たる債務以外に負担している債務の有無ならびにその額および履行状況
ウ 主たる債務の担保として他に提供し、または提供しようとするものがあるときは、その旨およびその内容
② 主たる債務者が前記①に掲げる事項に関して情報を提供せず、または事実と異なる情報を提供したために委託を受けた者がその事項について誤認をし、それによって保証契約の申込みまたはその承諾の意思表示をした場合において、主たる債務者がその事項に関して情報を提供せずまたは事実と異なる情報を提供したことを債権者が知りまたは知ることができたときは、保証人(法人を除く。)は、保証契約を取り消すことができます。
4. 情報提供義務
どのような債務の保証であれ、保証人にとって、主たる債務の履行状況は重要な関心事ですが、その情報の提供を求めることができるとの明文の規定は、旧民法にはありませんでした。
銀行等の債権者としても、保証人からの求めに応じ、主たる債務者のプライバシーにも関わる情報を提供してよいのかの判断に困り、対応に苦慮していました。このような問題は、保証人が個人の場合だけでなく、法人の場合にも発生します。
そこで、新民法は、保証人となろうとする者の保護を図るため、次のような規定を新設しました。
(1)保証人の請求による主たる債務の履行状況に関する情報提供義務
保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、保証人の請求があったときは、債権者は、保証人に対し、遅滞なく、主たる債務の元本および主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たるすべてのものについての不履行の有無ならびにこれらの残額およびそのうち弁済期が到来しているものの額に関する情報を提供しなければなりません。
情報を提供しなければならない相手方は、委託を受けた保証人に限られることに注意してください。主たる債務の履行状況に関する情報は、主たる債務者にとって信用にかかわる情報であるため、委託を受けずに保証人となった者に対してまでこのような情報提供義務を負わせるのは妥当でないからです。
なお、この保証人の請求による主たる債務の履行状況に関する情報提供義務は、保証人が個人であるか法人であるかを問わず、債権者に課せられることに注意する必要があります。
(2)主たる債務者が期限の利益を喪失した場合の情報提供義務
保証人の負担額は、主たる債務者が支払いを遅滞した後に発生する遅延損害金によって大きくふくらみます。このことは、特に、主たる債務者が分割金の支払いを遅滞して 期限の利益を喪失し、一括払いを求められるケースにおいて顕著です。
また、主たる債務者が支払いを遅滞し、期限の利益を喪失したことを保証人が知っていれば、早期に立替払いをして遅延損害金が発生することを防ぐなどの対策を取ることも可能ですが、保証人は、主たる債務者が支払いを遅滞したことを当然には知りません。
そこで、新民法は、個人保証人の保護を図るため、次のような規定を新設しました。
① 主たる債務者が期限の利益を有する場合において、その利益を喪失したときは、債権者は、保証人(法人を除く。)に対し、その利益の喪失を知った時から2ヶ月以内に、その旨を通知しなければなりません。
② 上記の期間内に通知をしなかったときは、債権者は、保証人(法人を除く。)に対し、主たる債務者が期限の利益を喪失した時から通知をするまでに生ずべき遅延損害金(期限の利益を喪失しなかったとしても生ずべきものを除く。)にかかる保証債務の履行を請求することができません。
5. 連帯保証人に対する履行の請求の相対効化
旧民法の下では、連帯債務の絶対効(連帯債務者の1人について生じた事由の効力が他の連帯債務者にも及ぶこと)が生ずる事由の1つである「履行の請求」に関する規定が連帯保証にも準用されていました。
例えば、Aに対してBが負担する100万円の金銭債務につきCが連帯保証人となった場合、旧民法の下では、債権者Aの連帯保証人Cに対する履行の請求は、主たる債務者Bについてもその効力を生じ、Cに対する履行の請求によって、Cの連帯保証債務のみならず、Bの主たる債務についても時効の中断(新民法では「更新」)が生ずるものとされていました。
ところが、新民法は、連帯債務者の一人について生じた事由は、原則として、他の連帯債務者に対してその効力を生じない(相対効)とし、「履行の請求」が絶対効から相対効に変更されたため、連帯保証人に対する履行の請求の効力は、主たる債務には及ばないことになりました。
このように、債権者が連帯保証人に履行の請求をしても、主たる債務の時効を更新させることができなくなったため、ビジネス実務の現場においては、取引先等に対する債権管理の見直しが必要となってきます。
例えば、債権者が主たる債務者との間で、「連帯保証人に対する履行の請求の効力は主たる債務にも及ぶ」旨の特約をすることが考えられます。
連載「2020民法大改正|ビジネス実務への影響」第3回の今回は、保証について解説しました。
次回は「債権譲渡」について解説します。
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