民法が約120年ぶりに改正され、改正法が2020年(令和2年)4月1日から施行(一部の規定は未施行)されています。
これに伴い、企業がビジネス実務上の影響を受ける点がいくつかあります。改正点についての正確な知識がなければ、不利益を受ける危険性もあります。
そこで本連載では、ビジネスパーソンが押さえておかなければならない、ビジネス実務に影響を与える主な民法改正点について30回にわたり解説していきます。
今回のテーマは前回に引き続き「定型約款」です。
目次
3. 定型約款の合意・定型約款の内容の表示
新民法が規定した「定型約款が契約の内容となるための要件」は、以下のとおりです。
(1)定型約款の合意
定型取引を行うことの合意(以下「定型取引合意」という。)をした者は、次に掲げる場合には、定型約款の個別の条項についても合意をしたものとみなされます(新民法548条の2第1項)。
① 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。
② 定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。
ただし、定型約款に含まれる条項のうち、相手方の権利を制限し、または相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様およびその実情ならびに取引上の社会通念に照らして民法1条2項に規定する基本原則(信義則)に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、当該定型約款の個別の条項については合意をしなかったものとみなされます(新民法548条の2第2項)。
すなわち、定型約款を契約の内容にするためには、①当事者間で定型約款を契約の内容とする旨の合意をするか、または、②取引を実際に行う際に、定型約款を契約の内容とする旨を顧客に「表示」しておく必要があります。
②の「表示」がされたといえるためには、取引を実際に行う際に、顧客である相手方に対して定型約款を契約の内容とする旨を個別に表示することが必要です。
①や②の要件が充たされると、顧客が定型約款にどのような条項が含まれるのかを知らなくても、個別の条項について合意をしたものとみなされます。
他方で、信義則に反して顧客の利益を一方的に害する不当な条項は、たとえ①や②の要件を充たす場合でも、契約内容にはなりません。
例えば、売買契約において、本来の目的となっていた商品に加えて、想定外の別の商品の購入を義務付ける不当な(不意打ち的)抱合せ販売条項などは、契約内容にはなりません。
(2)定型約款の内容の表示
① 定型取引を行い、または行おうとする定型約款準備者は、定型取引合意の前または定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には、遅滞なく、「相当な方法」でその定型約款の内容を示さなければなりません(新民法548条の3第1項本文)。
ただし、定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、またはこれを記録した電磁的記録(CD-ROMの交付やPDFファイルのメールによる送信等)を提供していたときは、このような表示は不要です。これらの場合には、相手方の手元に定型約款があり、いつでもその内容を確認できる状態になっていることからすれば、その後の請求を認める必要がないため、このような表示義務を負わないこととされたのです。
なお、上記の「相当な方法」としては、定型約款を記載した書面を現実に開示したり、定型約款が掲載されているウェブページを案内したりするなどの方法が考えられます。
② 定型約款準備者が定型取引合意の前において、相手方から請求があったにもかかわらず、表示請求を拒んだときは、一時的な通信障害が発生した場合その他正当な事由がある場合を除き、前記(1)のみなし合意要件を充たしているときでも、定型約款は契約の内容とはなりません(新民法548条の3第2項)。
4. 定型約款の変更
長期にわたって継続する取引では、法令の変更や経済情勢・経営環境の変化に対応して、 定型約款の内容を事後的に変更する必要が生じます。
実際、これまでに、保険法の制定に伴う保険約款の変更、犯罪による収益の移転防止に関する法律の改正に伴う預金規定の変更、電気料金値上げによる電気供給約款の変更、クレジットカードのポイント制度改定に関する約款の変更などがありました。
ただ、民法の原則によれば、契約内容を事後的に変更するには、個別に相手方の承諾を得る必要があるところ、多数の顧客と個別に変更についての合意をすることは、現実には困難です。
そこで、新民法は、事業者が定型約款を変更するための要件についても新たにルールを設けました。
① 定型約款準備者は、次に掲げる場合には、定型約款の変更をすることにより、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなし、個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更することができます(新民法548条の4第1項)。
ア 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき。
イ 定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無およびその内容その他の変更にかかる事情に照らして合理的なものであるとき。
(後掲注1・2参照)
すなわち、定型約款の変更は、①変更が顧客の一般の利益に適合する場合や、②変更が契約の目的に反せず、かつ、変更にかかる諸事情に照らして合理的な場合には、個別の合意がなくても、行うことができます。
(注1) 変更が合理的であるかどうかを判断する際には、変更の必要性、変更後の内容の相当性、変更を予定する旨の契約条項の有無やその内容、顧客に与える影響やその影響を軽減する措置の有無などが考慮されます。
(注2) 約款中に「この約款は当社の都合で変更することがあります。」と記載してあっても、必ずしも一方的に変更ができるわけではありません。
② 定型約款準備者は、定型約款の変更をするときは、その効力発生時期を定め、かつ、定型約款を変更する旨および変更後の定型約款の内容ならびにその効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければなりません。
③ 定型約款の変更は、その変更の効力発生時期が到来するまでに②の周知をしなければ、その効力を生じません。
すなわち、顧客にとって必ずしも利益にならない定型約款も変更については、事前にインターネットなどで周知をすることが必要であり、もしも定型約款の変更の効力発生時期が到来するまでに所定の周知措置を採らなかった場合には、その変更の効力は生じません。
5. 定型約款に関する規定の適用について
定型約款に関しては、施行日(2020年(令和2年)4月1日)前に締結された契約にも、新民法の規定が適用されますが、2018年(平成30年)4月1日から、2020年(令和2年)3月31日までに反対の意思表示をすれば、新民法の規定は適用されないこととされています。
反対の意思表示がされて、新民法の規定が適用されないこととなった場合には、施行日後も旧民法の規定が適用されることになります。
もっとも、旧民法には約款に関する規定がなく、確立した解釈もないため、法律関係は不明瞭と言わざるを得ません。
新民法においては、既述しましたように、当事者双方の利益状況に配慮した合理的な制度が設けられていますので、反対の意思表示をする場合には、十分に慎重な検討を行うことが実務上必要となります。
連載「2020民法大改正|ビジネス実務への影響」、今回は2回に分けて「定型約款」について解説しました。
次回は「契約の解除」について解説します。
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