民法が約120年ぶりに改正され、改正法が2020年(令和2年)4月1日から施行(一部の規定は未施行)されています。
これに伴い、企業がビジネス実務上の影響を受ける点がいくつかあります。改正点についての正確な知識がなければ、不利益を受ける危険性もあります。
そこで本連載では、ビジネスパーソンが押さえておかなければならない、ビジネス実務に影響を与える主な民法改正点について30回にわたり解説していきます。
今回のテーマは前回に引き続き「相殺」です。民法改正により、債権の消滅事由である相殺について、新たなルールが定められています。
3. 相殺が禁止される場合|新民法の規定
① 相殺禁止特約の効力についての改正
新民法は、前回記事(1)の②「当事者が反対の意思を表示した場合(つまり、当事者間で相殺禁止特約をした場合)」について、次のような改正規定を設けました。
当事者が相殺を禁止し、または制限する旨の意思表示をした場合には、その意思表示は、第三者がこれを知り、または重大な過失によって知らなかったときに限り、その第三者に対抗することができる。(新民法505条2項)
旧民法は、第三者につき「善意」を要求するのみでしたが、新民法は、善意に加えて無重過失をも要求しました。
従って、例えば、AとB が互いに債権を有しており、相殺禁止特約をしていたとします。この場合において、B に対して債務を負担しているCが、AのB に対する債権を譲り受けたとき、Cが相殺禁止特約の存在につき悪意である場合だけでなく、善意であっても重過失がある場合には、Cは、譲り受けた債権を自働債権として、B のCに対する債権と相殺することはできません。
重過失のある者は、相殺禁止特約につき悪意である者と同視され、保護に値しないためです。
② 受働債権が不法行為によって生じた債権である場合の相殺禁止についての改正
前回の記事で述べましたように、自動車事故を起こしてAに怪我をさせ、損害賠償債務を負ったB が、たまたま被害者であるAに債権を有していたとしても、その債権と損害賠償債務とで相殺を主張することは許されません。
現実に支払いをしてやらなければ被害者がかわいそうだという被害者保護の趣旨であり(このことを「薬代は現金で」といいます)、また、このような相殺を禁止しておかなければ、支払いが滞っている債務者に対して、どうせ回収できないならその分損害を与えてやろうなどと考えて、債権者がわざと不法行為を働くおそれもあり、これを防止する目的もあるからです。
もっとも、このような趣旨からすれば、生命、身体等のいわゆる人身損害について、わざと損害を与える意図で(悪意で)した不法行為についてのみ相殺を禁止すればよく、不法行為全体を対象にしていた旧民法の規定は、相殺禁止の範囲が広すぎるとの批判がありました。
また一方で、医療事故や労災事故等の事例では、被害者に不法行為ではなく債務不履行による損害賠償債権が成立することがありますが、債務不履行による損害賠償債権にも同じ趣旨が当てはまるのではないかとの指摘もありました。
そこで、新民法は、前記(1)の③の旧民法が相殺を禁止する「受働債権が不法行為によって生じた債権である場合」について、以下のような改正を行いました。
次に掲げる債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。ただし、その債権者がその債務に係る債権を他人から譲り受けたときは、この限りでない。
ⅰ 悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務
ⅱ 人の生命または身体の侵害による損害賠償の債務(ⅰに該当するものを除く。)
(新民法509条)
すなわち、「受働債権が不法行為によって生じた債権である場合」をさらに次の2つの場合に分けたのです。
ⅰ 悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務
ⅱ 人の生命または身体の侵害による損害賠償の債務
「悪意」とは、「損害を与える意図」という意味です。
「人の生命または身体の侵害による損害賠償の債務」には、不法行為による損害賠償債務だけでなく、医療事故などのような債務不履行による損害賠償債務も含まれることに注意してください。
新民法によれば、自動車事故のケースであっても、過失による物損事故にとどまる場合には、加害者は、被害者が取得した損害賠償債権を受働債権として、被害者に対して有する債権と相殺することができることになります。
例えば、ハンドル動作を誤ってAの自宅の塀に自動車をぶつけて塀を壊してしまったB が、たまたまAに対して貸金債権を有していたというような場合には、B は、AのB に対する不法行為による損害賠償債権を受働債権として、自己のAに対する貸金債権と相殺することができます。
③ 差押えと相殺についての改正
旧民法は、自働債権が受働債権の差押え後に取得された債権である場合の相殺を禁止していますが(前記(1)の④)、自働債権が受働債権の差押え前に取得された債権である場合の相殺の可否については規定していません。ただ、判例は、従来、自働債権が受働債権の差押え前に取得された債権である場合の相殺を認めています。
そこで、新民法は、判例の見解を採用して、次の下線部のような改正を行いました。
差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え後に取得した債権による相殺をもって 差押債権者に対抗することができないが、差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗することができる。(新民法511条1項)
従って、例えば、下記の図のようにAの貸金債権の取得日が2020年3月1日で、Cの差押えが2020年4月1日であったというような場合には、Aは、その後相殺適状になったときは、その貸金債権を自働債権として、B の代金債権(受働債権)と相殺をすることができます。
なぜなら、もしこの場合にも相殺を認めないとすれば、Cの差押え前に既に生じていたAの相殺に対する期待を奪うことになり、不当だからです。
なお、この場合、Cの差押えの時点では相殺適状になく、差押え後に相殺適状に達したとしても、また、Aの債権(自働債権)の弁済期が差し押さえられたB の債権(受働債権)の弁済期よりも後に到来するものであったとしても、Aは相殺することができることに注意してください。
さらに、新民法は、「差押え後に取得した債権が差押え前の原因に基づいて生じたものであるときは、その第三債務者は、その債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができる。」と規定しました(新民法511条2項本文)。
例えば、下記の図のように、Aに対して100万円の貸金債権を有するB が、Aとの間でB の商品についての売買契約を締結し、1,000万円の代金債権を有していたとします。
その後、商品の代金がAからB に弁済されて代金債権が消滅しましたが、B の債権者であるCが貸金債権を差し押さえたところ、その差押え後に、AがB から引渡しを受けた商品に欠陥(契約不適合)があることが判明し、AがB に対して債務不履行に基づく100万円の損害賠償請求権を取得したという場合には、この損害賠償請求権は差押え後に取得された債権ではあっても、その発生原因である売買契約は差押え前に生じているため、相殺適状にあれば、Aは、この損賠賠償請求権を自働債権とし、B のAに対する貸金債権を受働債権として、相殺をすることができます。
これは、自働債権の発生が差押え前の原因に基づくものであるときは、第三債務者(上記の事例の場合はAを指します)の相殺に対する期待は保護に値すると考えられるからです。
連載「2020民法大改正|ビジネス実務への影響」、今回は2回に分けて「相殺」について解説しました。
次回は「債務引受」について解説します。
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