民法が約120年ぶりに改正され、改正法が2020年(令和2年)4月1日から施行(一部の規定は未施行)されています。
これに伴い、企業がビジネス実務上の影響を受ける点がいくつかあります。改正点についての正確な知識がなければ、不利益を受ける危険性もあります。
そこで本連載では、ビジネスパーソンが押さえておかなければならない、ビジネス実務に影響を与える主な民法改正点について30回にわたり解説していきます。
今回2回に分けて取り上げるテーマは「危険負担等」です。
1. 旧民法における危険負担
危険負担とは、双務契約において一方の債務がその債務者の帰責事由によらずに履行不能となった場合に、その履行不能の危険(損失)を、当事者のいずれが負担するのかという問題をいいます。
例えば、建物の売買契約が成立した後、その引渡し前に、地震や類焼など売主に帰責事由なくして、その建物が倒壊し、または焼失した場合、売主の引渡債務は消滅しますが、買主の代金支払債務はどうなるかという問題です。
当事者間に特約があればそれに従いますが、特約がない場合には、改正前の民法(以下「旧民法」という。)によれば、次のように処理されていました。
※なお、危険負担における「債務者」または「債権者」とは、目的物の引渡しに着目した場合の区別であり、売買の場合であれば、売主は目的物を引き渡す債務を負担していますので、債務者と呼ばれ、買主は目的物の引渡しを受ける権利を有していますので、債権者と呼ばれます
(1)債務者主義
債務者主義とは、一方の債務がその債務者の帰責事由によらずに履行不能となった場合には、相手方の債務(反対債務)も消滅するという立場をいいます。
旧民法536条1項は、この債務者主義について定めたものであり、「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。」と規定しました。
工場で大量生産される家電製品のような不特定物(当事者が個性にこだわらないで取引する物)の場合は、売主(債務者)が危険を負担します(旧民法536条1項)。従って、この場合は、買主の代金支払債務は消滅するため、買主は代金を支払う必要はありません。
なお、この債務者主義は、不特定物の引渡しの場合だけでなく、行為を目的とする場合にも適用されます。
例えば、芸能プロモーターであるA社が、歌手BとA社が主催するコンサートの出演契約を締結し、A社が手配した会場でコンサートを開こうとしたところ、コンサートの開演日当日に、大地震が発生し、会場の建物が倒壊したため、コンサートの開演が不可能となり、Bも出演できなくなったというような場合です。
この場合、債務者主義により、「債務者は、反対給付を受ける権利を有しない」ことから、出演契約の債務者であるBが危険を負担するため、債権者であるA社のBに対する出演料支払債務は消滅することになります。
(2)債権者主義
債権者主義とは、一方の債務がその債務者の帰責事由によらずに履行不能となった場合でも、相手方の債務(反対債務)は消滅せず、存続するという立場をいいます。
旧民法534条1項は、この債権者主義について定めたものであり、「特定物に関する物権の設定または移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、または損傷したときは、その滅失または損傷は、債権者の負担に帰する。」と規定しました。
建物のような特定物(当事者が個性に着眼して取引する物)の場合は、売主(債務者)に落ち度なくしてその引渡債務が履行不能となったときは、買主(債権者)が危険を負担することになります(旧民法534条1項)。
これは、「売買契約によって目的物の所有権が買主に移転することからすれば、危険も移転するのが公平である」という考え方によります。
従って、この場合は、買主の代金支払債務は消滅せず、買主は、代金全額の支払いをしなければなりません。
この場合、売主にはなんら債務不履行はありませんので、買主は、損害賠償の請求をすることはできず、契約の解除をすることもできません。他方、売主は、代金を既に受領していたとしても、これを返還する必要はありません。
(3)停止条件付売買契約の場合
例えば、A所有の建物について、AB間で、「Aの転勤が決まったら建物の売買契約の効力が生じるものとする」という停止条件(条件の成就(実現)によって契約の効力が発生する場合におけるその条件をいう)付きの売買契約が締結された場合において、その条件(転勤が決まったら)の成否が未定である間に、建物が地震や類焼により滅失または損傷したときは、売主Aと買主Bのどちらが危険を負担するのか、その後、Aの転勤が決まった場合、Bは代金を支払う必要があるのかが問題となります。
この問題については、旧民法535条によれば、次のように処理されました。
① 目的物が滅失したとき
売主(債務者)Aが危険を負担します(債務者主義)。従って、買主Bの代金支払債務は消滅するため、その後、Aの転勤が決まった場合でも、買主Bは代金を支払う必要はありません。
② 目的物が損傷したとき
買主(債権者)Bが危険を負担します(債権者主義)。従って、買主Bの代金支払債務は消滅しないため、その後、Aの転勤が決まった場合には、買主Bは代金を全額支払う必要があります。代金の減額を請求することはできません。
2. 新民法における危険負担
旧民法の考え方は、著しく不公平で、買主にとって極めて酷な結果をもたらすものであり、世間一般の常識にも反するとの批判がありました。
また、旧民法は、停止条件付売買契約の場合について、これを「目的物が滅失したとき」と「目的物が損傷したとき」とに区別して、前者は債務者主義、後者は債権者主義としていますが、条件の成否が未定の間は売買契約の効力は生じていないのだから、所有権は未だ売主にある以上、「損傷」の場合でも売主(債務者)が危険を負担すると解すべきではないかとの批判もありました。
そこで、新民法は、上記のような批判を踏まえて、危険負担に関する旧民法の解釈を変更し、次のような規定を設けることとしました。
(1)原則(債務者主義)
当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。(新民法536条1項)
すなわち、建物の売買契約において、引渡し前に地震や類焼によってその建物が倒壊または焼失し、売主(債務者)がその引渡債務を履行することができなくなった場合、買主(債権者)は、代金の支払い(反対給付の履行)を拒むことができます。
旧民法における「特定物」「不特定物」という区別はなくなり、また、「停止条件付売買契約の場合」に関する規定も削除されました。
(2)例外(債権者主義)
債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。(新民法536条2項)
ただし、建物の売買契約において、買主(債権者)の落ち度(例えば、買主のタバコの火の不始末で建物が焼失した場合)によって、売主(債務者)がその引渡債務を履行することができなくなった場合にまで、買主に代金支払拒絶を認めるのは公平ではありませんので、このような場合には、買主は代金支払を拒むことはできません。
なお、売主(債務者)は、引渡債務を免れたことによって利益を受けたとき、例えば、建物に火災保険が付けられていて、売主が保険金を受け取ったときは、これを買主に償還しなければなりません。
危険負担に関する民法の規定は、強行規定ではなく、任意規定であるため、当事者が民法の規定と異なる特約をすることは認められています。
ビジネス実務上も、特約によって処理することが広く行われています。
(2020民法大改正|ビジネス実務への影響㉕ 危険負担等 その2へ続きます)
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